2021年9月17日金曜日

なか卯条件文の言語学(その2)

 「800超えてますよ。」と、まつーらくんに言われ、閲覧数を確認したところ、これまでのブログとは桁が違っていることに気づき、ここでブースター投稿を(そんな言い方はあるのか?)と、急ぎ、(その2)。

ここで、あらためて、なか卯条件文とは何か、おさらいしておきたいのだが、一つ困ったことがある。私は、なか卯に行ったことがない。別にセレブっているわけではない。たまたま、これまで行く機会がなかっただけで、なか卯だけでなく吉野家にも行ったことはない。でも、松屋には一度だけ行った。日本語学会だったかなんだったか忘れたが、会場周辺に食べるところが乏しく、たまたま一緒に歩いていた日本語学の大家であるM岡先生と入った。人生最初で最期の牛丼屋がM岡先生とは。

そういう事情で、私は実際に見聞きしないまま書いていることをあらかじめ断っておく。

なか卯条件文として、2種類の文が報告されている。

1「選択が終われば、お金を入れてください。」

2「選択が終われば、お金を入れます

1は、形の上では依頼表現、2は、丁寧体の現在形(非過去形)である。2は命令表現でも依頼表現でもないのだけれど、1と同じく、行為の指示のように受け取るのが普通で、「ば」を使うのは不自然だと感じる人が結構いる。それがなか卯条件文である。

(その1)を書いてから、知り合いの何人かから、なか卯条件文が不自然に感じるっていうのは、関西人の押し付けじゃないか?方言差がありそうじゃないか?という意見をいただき、札幌に住む言語学者の方から近くのスーパーで買った食品のパッケージに2の類似例が見つかった、と実例の提示があった。

その方々のご意見はもっともで、なか卯条件文的表現が、日本中どこでも不自然、というわけではない。

3 (向こうに)行ったら電話しろ。

のような表現の「行ったら」の部分をどういうか調査した結果が公表されているのだが、それによると、青森県、山形県、群馬県、新潟県、長野県、岐阜県、京都府、鳥取県、長崎県、熊本県、大分県、鹿児島県、沖縄県の、それぞれ一部地域で、「行けば」あるいは「着けば」という回答があったと報告されている。(実は、方言特有の形式を使う地域もあるが、それは、ここでは触れない。)(https://www2.ninjal.ac.jp/hogen/dp/fpjd/fpjd_index.html)

ということからすると、「たら」じゃないとおかしい、というのは関西弁の押し付けではないか、というのも、もっともな意見と言える。

なか卯の第一号店は、大阪府茨木市にできた、とWikipediaにある。ということは、当初は、なか卯条件文は存在せず、「選択が終わったら、お金を入れてください」と券売機が言っていたのか?いや、その頃は、券売機が喋ることはなかったのか、今となっては確認できない。

実は、方言の問題だけで終わらせたくない。2が気になっている。

言語学者の加藤幹治氏から、レシピサイトに、2のタイプのなか卯条件文が満載であるという報告があった。

4 沸騰直前になれば、昆布を取り出します。(白ごはん.com より→加藤氏のご教示による)

そうなんですよ。丁寧体の現在形「〜ます」で指示を表すのはレシピ本だけでなく、お料理番組でも、よくよく聞くんですよねー。料理の手順の説明などは、特定の時間、場所、あるいは指示の相手が想定されているわけではないので、より、「ば」が容認されやすいのではないでしょうか。なか卯条件文が発されるのもそういう状況ですよね。

「ば」は、一般的・恒常的条件に使われる、と文法書には記述されています。なか卯条件文やレシピ条件文が特定の時間、場所、相手に発されたものではない、という性質を考えますと、「ば」が使われるのも納得できるのではないですか?

一方で、受け手は、なか卯の券売機から直接言われているわけですから、「なんでや?」って思っても、これまた理解できますよね。

と、今回もCIのことは書けなかった。




2021年9月15日水曜日

なか卯条件文の言語学(その1)

 「なか卯条件文」というのがあるらしい。

なか卯の券売機で、しばらく操作をしないと「選択が終われば、お金を入れてください。」という音声案内があるのですが、この、「〇〇れば、~してください。」という表現が聞きなれず、毎回違和感を感じてしまいます。 (Yahoo!知恵袋 2017/6/14)

という相談が824回も閲覧され、3つも回答が来ているというのは驚異的なことだ。

また、言語学者のまつーらとしお氏のツイッターでも、

なか卯の券売機「選択が終われば、お金を入れます」って言うという発見(2017/10/2)

と取り上げられている。

長年条件文研究を続けてきた身としては、ここを外したら、二度と注目されることはない、と、ひさしぶりにブロガーを開いた。あまりに久しぶりだったので、パスワードも忘れていて、設定に手間取った。

さて、この「なか卯条件文」だが、これは、現代日本語の文法研究者の間では、そこそこ有名な現象で、「後件のモダリティ制約」などと呼ばれているものの一つである。日本語には、英語のifに相当する条件を表す基本的な表現が少なくとも4つ(「と」「ば」「たら」「なら」)あると言われていて、これらの使い分けが日本語を学ぶ外国人にとっては難しいとされている。

なか卯条件文で問題になっているのは「ば」で、あとに依頼(「〜てください」)命令(「〜しろ」)のような相手に行為を要請するような表現が続くと使いにくいと言われている。なか卯条件文はまさにこの例で、知恵袋のベストアンサーさんご指摘のように、この不自然さは、「ば」を「たら」にかえると解消される。

「選択が終わったら、お金を入れてください。」

じゃあ、常に、「ば」は依頼や命令の文には使えないかと言うとそうではなく、知恵袋のベストアンサーでは、

1.条件節の述部が動詞である

2.条件節の後ろに勧誘・命令・依頼などの意味を持つ文が来る

の2つが重なったときに「ば」が使えなくなると、明快な説明がなされて、これでほぼ網羅されるのだけれど、専門家ぶって、もう2点付け加えておきたい。

🌟まず、1の「動詞」だが、より厳密にいうと、「動作性の動詞」である。「ある」「できる」「わかる」のような動作ではない動詞の場合、「ば」は不自然ではない。受け身形や可能形の場合も不自然ではない。

「わかれば、自分でやってみてください。」「指名されれば、前に出てください。」

🌟それから、条件節の主語と主節(うしろの文)の主語が同じじゃない場合も、不自然さは軽減される。

山田くんが前に出れば、はこのままの位置にいなさい。」

「出る」はまぎれもなく動詞なので、動詞であっても、「ば」は命令文に使える、ということになる。さて、これはどう考えるべきか。

なか卯条件文で本質的なのは、「ば」の持つ「裏の条件」という性質だと考える。「わかる」のような非動作性の動詞の例や、「指名される」のような受け身の例では、ともに、「わからなければ」「指名されなければ」という裏の意味が暗示される。「山田くん」と「君」の例でも、「山田くんが前に出なければ」のような裏の意味が感じられるのではないだろうか。「Aすれば」という表現が命令や依頼に使われるのは、「Aしなければ」という裏の条件が容易に設定できる場合であり、その典型的な例が、動詞じゃない場合、非動作性の動詞の場合、あるいは、主語が違う場合、というふうに考えるのである。

さて、この、なか卯条件文のように、うしろに命令文がくる条件文については、Conditional Imperatives(CI)と呼ばれていて、一部の(ごく少数の)意味論研究者の間で、今、熱く議論されている。私もその一人である。というのも、命令文というのは、それが発せられればすぐに行動をしないといけないはずで、それは命令文の遂行的性質などと言われていて、「お金を入れなければならない」などの義務の表現とは一線を画すとされている。ところが条件づけられると、その行動義務は猶予され、遂行性はなくなる。なか卯条件文も、選択が終わらない限り、お金は入れなくてよいわけで、行動義務は猶予される、

遂行的性質を持たない条件付き命令文は命令文じゃないのか。これは、意味論的には大問題なのだが、そんなことより、さっさと、お金はらって牛丼を注文するほうが先だというのも、もっともだと思う。ということで、CIについては、続編で。







2020年1月4日土曜日

明解方言学辞典に項目執筆しました

2019年4月に出版された明解方言学辞典に項目執筆しました。

https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dict/ssd13579

執筆したのは、条件表現、仮定表現、原因理由表現 です。
方言学辞典の項目として執筆するので、かなり緊張しましたが、編集責任者の木部暢子先生が細部に亘ってご意見をくださったので、非常に勉強になりました。

テンス・アスペクトの論文がやっと出ました

当初の出版予定から、おそらく、4年以上経過しましたが、とうとう出版されました。

日本語のテンス・アスペクト研究を問い直す 第1巻 庵功雄・田川拓海編
http://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-89476-781-2.htm

私の以下の論文が掲載されています。

スル・シタ・シテイルの意味をめぐる3 つの問い

日本語のテンス・アスペクト、しかも、スル・シタ・シテイル という、すでに研究し尽くされたのではないか、と思われているこのテーマ。「問い直す」というシリーズである以上、問い直さねば、と、これまでの多くの研究で取りあげられてきた、スルが未来を表すこと、シタが完了を表すこと、そしてシテイルは1つなのか、という問題について問い直したつもりです。


2019年2月24日日曜日

『鹿児島県甑島方言からみる文法の諸相』が出版されました

鹿児島県甑島方言からみる文法の諸相
窪薗晴夫/木部暢子/高木千恵[編]くろしお出版 2019年
が、出版されました。
http://www.9640.jp/book_view/?786

この本に、岩田さん、江口さんと共著での論文が収められています。

「甑島里方言の条件表現」
有田節子・岩田美穂・江口正

岩田さんのおかげで、甑島での調査が実現し、幸運にも出版の機会を得ました。
方言を扱った初めての論文です。
これを機に、現在調査・分析しているものも論文としてまとめたいと思っています。

2019年2月23日土曜日

別府大学の第6回日本語教育講演会で講演しました

別府駅前にて
2019年2月16日に別府大学で講演を行いました。
講演タイトルは 「日本語の階層構造を意識した日本語文法教育を考える」
https://www.beppu-u.ac.jp/event/2018/12/006722.php
別府大学日本語教育研究センター・別府大学教養英語科目担当教員グループの先生方が主催され、日本語教育研究センター長の松田美香先生にお招きいただきました。

当日は、学長先生のご挨拶もあり、ちょっと緊張しましたが、別府大学の先生方の温かいおもてなしのおかげで、リラックスした雰囲気で話ができました。

名物のとり天
やさしいだけじゃない日本語 と、ちょっと挑戦的な副題をつけた講演で、果たして、反応はどうだったんだろう、とヒヤヒヤしていましたが、後日、松田先生が送ってくださったアンケートの記述を見ますと、「難しかった」という言葉がある一方で、「必要なこと」「これからは階層構造についても勉強しようと思う」というような感想が多く寄せられ、安堵しました。

温泉と名物のとり天も味わうことができ、大満足の旅でした。

2018年11月24日土曜日

東洋学園大学で講義と講演をしました。

東洋学園大学で講義と講演をしました。
(2018年11月22日(木)の14時40分から16時10分)
依田悠介さんにお招きいただきました。
大学は、本郷三丁目駅から徒歩5分のとても便利な立地。
学生さんも、最初は少し恥ずかしがっていたけれども、授業がすすむにつれ慣れてきて、積極的に質問が出て、いい雰囲気でした。

講義のタイトルは、「「気になる日本語」を通して見えてくること―ネオ・デジタルネイティブ」世代の言語意識―」です。


みな、熱心にきいてくれました。



授業後、さらに、トーク。こちらのタイトルは、「方言文法形式の記述を通して『標準語』文法研究を見る−条件形式の用法を例に−」。授業に引き続き、熱心な学生さんが参加してくれました。